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もっともっと四国旅日記

2006031219

毎週毎週、どこか行く。

車に母を乗せて、四国でひとり暮らす祖母の家に。
ここのところ、とても暖かい日が続いていたのでうっかり春の装いで出かけたらなんだか寒い。

2006031202

祖母も、猫も元気だった。
到着するや否や母、かばんの奥から木の枝をにゅっと出し、「これ、アレよ」とにやりと笑った。おかあさんそれはまさか、またたび。
先日母が遊びに出かけた先の「道の駅」にご自由にお取りください、と書かれたまたたびの棒っきれがたくさんあったのだそうだ。

猫にまたたび。実際に目にするのは初めてなので祖母も母も妻も、猫よりも興奮気味。
果たして猫は、我々の予想通りにまたたびの木に飛びついてしばらくじゃれていたけれど、ものの2分もしないうちに飽きてしまったのだった。あれ。もういいの。酔っ払ったりしないの。
やや肩透かしの気分でほったらかしにされたまたたびの枝を拾い、猫に近づけて「ほい」「ほい」とやっていると、猫はうるさがって顔の前に突きつけられたまたたびの枝を猫パンチ。
枝は、すごい勢いで部屋のすみに飛んでった。

2006031205

翌日は、とても寒い。
一昨日は18℃もあったのに本日の最高気温5℃。三寒四温にもほどが。
本日は荒れ果てた祖母の家のお掃除と、お墓参り。
祖母は机の上に置いてあった、おそらく祖母本人が拾ってきたであろう小さくてすべすべのえんじ色の石(見るからに石)を見て「これはなんじゃろう」と言い、歯でカッと確認して「石じゃった」とか言っている。ばあちゃん食べないで。

2006031203

そういえば祖母は、先日高松でやっている「ナポレオン展」に連れて行ってもらったのだそうだった。祖母はきっとあんまり詳しくないはずなのに、「まっこと良いぜ、ボナパルト」と言い、「おみやげじゃ」と金の額縁に入ったこの有名すぎる絵を、ふたつも買ってきて妻にくれた。あと同じ絵のポストカードと、クリアファイル。ありがとうばあちゃん。でも、どこに飾れば良いのやら非常に悩む。

2006031204

なにかのはずみで奈良の話になる。
すると今まで猫と遊んでいた祖母がぱっと顔を上げ、やおら

「七代七十余年の間、帝都として栄えし奈良の都も色移り香失せて、時既に久しく、今はただ、畿内の一都市としてあるのみ。
然れども、春日の社塔、山の緑に映えて、東大寺の金銅天空高くそびえ、五条三尺の大仏、一千二百年の面影を残せり」

と真顔で言ったので妻と母は本当にびっくりした。念仏。「ばあちゃんなにそれ」と言うと祖母は「小学校で、こう習ったんじゃ」としれっと言った。祖母は昨日のことはすっぱり忘れるのが得意なのに、80年も前のことは平気で覚えている。
妻はその祖母の物言いがとても気に入ったので、もう一回言ってもらってこりこりとメモに忠実に書いた。


2006031206

次の朝起きたら雪が降っていた。
ぼたぼたのぼたん雪だったけれど、どんどん積もる。祖母を乗せて、どこかに遊びに行こうと早起きしたのにどうにもならない。
半ばあきらめ、掃除をしたり祖母の趣味である模様替え(祖母はひとりでベッドをも動かす)を手伝ったりしていると午前10時に雪がやんだのだった。

2006031221

四国の西の端にぺろっと出ている日本一長い半島。「佐田岬」。
妻は、ずいぶん昔に兄とこの佐田岬半島の先端を見るべく勇んで出掛け、思ったよりも遠かったので途中で挫折して帰ってきた過去を持つ。でも今は、遠い気がしない。
祖母と母を車に乗っけて出発。するとやんでいた雪がふたたび降り出して外は風をともなって猛吹雪。

2006031209佐田岬はとても細くて長い半島で、道を走ると左に「宇和海」右に「伊予灘」を同時に見ることができるという、めずらしいところ。
半島に入ってすぐの「道の駅」で、揚げたての「じゃこ天」を買い食い。




2006031210

このあたりは「風のまち」という公式キャッチフレーズがついているのだけれど、風にもほどがあるだろうと言うぐらいものすごい風だった。車から出た途端に、祖母がよろめいて「ひゃあー」と言った。あぶない。

2006031208

道の駅には、大きな水槽があった。
水槽の真ん中に穴があいていて、そこから手を入れて魚とふれあうことができるという。すごい。なんでどうなっているの?
「魚のえさ100えん」と書かれてあったのでもちろん購入。小さなカップに入った「えび」をもらった。
穴に手を入れ、持っていたえびを散らすと「みのかさご」さんがわーっとやってきてえびを吸い込むように食べた。とても楽しい。
愉快な気持ちでえびをやっていたらそれを見ていたスーツを着た男性が、妻に「みのかさごは毒があるので触ってはいけませんよ」と言ったのだった。そんな。「ふれあい水槽」だと、書いてあるのに。

2006031211

細い道をひたすら走って四国でもっとも西にある、駐車場。
ここから灯台まではこの道を登って下ってふたつ山を越えないといけない。片道2キロ。往復4キロ。
全員途方に暮れるものの、なんだかもう引っ込みがつかなくなっている。


2006031213

意を決してハイキングスタート。妻はカメラとビデオカメラを持って、先を歩く母と祖母を撮影。「落ちたらいちころ」というかんじの崖の横を歩くふたりをモニターで見ながら、遭難しているみたいだと心から思う。
吹きすさぶ強風がビデオカメラのマイクに直撃し、あとで見たら佐田岬半島で撮影したテープにはすべてぼさぼさぼさー!という轟音が入っていた。

2006031212

髪を振り乱してほうほうのていで灯台に到着。
灯台の向こうにはちょっとした展望台があって、素敵な風景を見れるのだけれども風が強すぎて一歩も前に進めず。
妻が行く。妻が、カメラで撮ってくる。灯台の白い壁に張りついた祖母と母を置いて果敢に前へ。本人は、滑稽にも大冒険しているつもり。

2006031214

これが四国の一番西から見える風景。
すぐそこに、もう九州。見えるのは石仏の町、臼杵。
撮るだけ撮って風に押されて転がるように退散。

ぼさぼさの髪でなんとか車まで戻る途中、荒波の中「わかめ」を採っていたおばさんに出会い、「ここは夏に来るところだよ」と言われる。どうりで誰も居ない。
祖母が、「今まで生きてきてこんな強い風を受けたのははじめてだぜ」と言っていた。

2006031215

帰りはのんびりと。
このへんではみかんの栽培が盛んで、段々畑にさまざまな種類のみかんの木が植わっている。道端に、普通にみかんがぽたぽたと落ちている光景は、愛媛県の他ではあまり無い。
潮風を受けたみかんは皮がうすくなり、甘くなるのだった。
無人販売所で売られていた「デコポン」と「清見タンゴール」をおみやげに買っていたら、その販売所にみかんを置きにきたおじさんが「これは商品にならんやつじゃけど、あげよう」と言って大きな袋にいっぱい入ったデコポンをくれた。地域的ふれあい。

2006031216

おなかがすいて、午後5時に昼ごはん。
この海で採れた、釜揚げしらすとんぶり。とてもおいしくてぺろりと食べた。母は妻と同じものを。祖母は、お子様ランチ。なぜだ。

満足のドライブ。

2006031218

翌朝は5時起床。
祖母にビデオテープと写真を送る約束をして帰る。次は風の無いところに行こう。
休憩で立ち寄ったサービスエリアで、夏目漱石が「坊ちゃんだんご」を持たされている宣伝ポップを見つけて吹き出す。今の世の中はなんでもできる。
ひとつの玉が手をグーにしたぐらいの大きさの、巨大な坊ちゃん団子も売られていた。


2006031217

休憩の合間に夫にモーニングのコール。「おはようー」と話していたら、今愛媛県が売り出し中のキャラクター、「タルト」のTシャツが売られているのを見つけ、この「タルト」が大好きな妻は「ねえ。タルトのTシャツいらない?」と夫を誘惑。すると夫は電話口で微笑んで「うん。いらないよ」と言ったのだった。


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2006年03月16日 | Comments(18) |

日帰りバスの旅日記

2006030701

前口上が、とっても長い。

去年の年末に妻は近所のホームセンターに出かけて行ってお掃除用品などをわっさと買ったのだった。するとレジのひとは妻に「はがき」をくれたのだった。「はがき」は応募券になっていて、ペアで素敵な温泉旅行が10組さまに当たるというものだった。妻は近くのカウンターでこりこりと住所を書いたのだった。そして記入欄には、「特別サービスで、もう一人他の誰かの住所を書くとそのひとにも当選の権利があるよ」といういうようなことが書かれてあったので、妻は、実家の母の名前を書いたのだった。

そんなことをすっかり忘れて2月も末。
母からりんりんと電話がかかってきて「なんだか当選のおはがきが来たよ」と言うので妻はやっと思い出し、「ペアで素敵な温泉旅行!」と叫ぶと母は「…ん?」と言ったのだった。

ん?

2006030719

母から聞いた話によると、「2等賞」の、「日帰り京都・バスの旅・1名さまご招待」が当たったのだそうだった。応募券には一言も書いていなかった2等賞。それはなに?
ご同伴の方は、1万円で行けるのだと書いてあるという。母に聞けば、「日帰りの京都で1万円は高い」のだけれども、「ふたりで割って5千円ならば、まあ、安い」ということだった。ははあ。なるほど。

応募した妻ではなく、母に当選はがきを送って「こんなのが来たよ」と会話をさせ、この微妙な価格設定。しまいには聞いたことのない旅行代理店の名前。実にうまい。あの応募券の目的はこれだ。

体験としては非常に愉快で、3月6日は母の誕生日でもあったので妻は「申し込むならそれをプレゼントにするよ」と言い、「かあさんに任せる」と電話を切ったのだった。

そして母は申し込んだ。そんなわけで妻と母はまたバスに乗る。

2006030709

午前6時45分の、わりとありえない早さの集合時間に母と妻は待ち合わせてみどり色のバスで出発。
昨日の雨はすっかり上がり、京都は春霞。通勤ラッシュの街を迷惑にも抜けて、30人ぐらいの物好きを乗せたバスは嵐山へ。

嵐山。修学旅行のメッカ。ずらりと立ち並ぶ大通りのお店はしかし一軒たりとも開いてない。
なぜならまだ午前の9時だから。おかしな旅だ。
でも通りはひともまばらで静かでとても幸せ。寺は、朝。

2006030704

てくてくと歩いて、足利の尊氏さんが建てられたという天竜寺。
ここは美しい庭園が自慢で、お堂の中から見える景色が雅。「枯山水の達人」という風情の職人さんがお庭のお手入れ。
48畳もある本堂の中で大きな大きな龍の絵を見ていると、グループ行動をしているらしき制服を着た中学生ぐらいの修学旅行生が、縦に一列に並んで庭をザッザザッザと歩いているのが見えた。旅のしおりを片手に持って、全員が全員無表情だったのできっとものすごく楽しくないのだと思う。あの頃のそんな気持ちは、なんとなく覚えている。

2006030703

天竜寺では素敵な「お守り」が売られていた。「お守り」はかわいい。こんなに小さいのに細工の凝らした刺繍がしてあって、ふっくらと、しかもなにかしらから守ってくれるのだ。
妻はだるまの刺繍がとても気に入ってひとつ掴み、母に「合格」と言いながら財布を出したら「…何に」と呆れられた。たしかに妻は現在なにからも試されていないのだった。そっとだるまを元の位置へ。

2006030706

友人に「開運」のお守りを買って、その場をあとにする。先日会った時に彼女は運を欲しがっていたから、きっと喜ぶと思う。

2006030710

嵯峨野の竹林。
木漏れ日の素敵な風景でも写真に撮ろうと母を立たせてカメラを構えていると、そのへんを歩いていた通りすがりだかボランティアのガイドさんだかをやっているおじさんに「ここの竹は長いから、カメラは縦に構えなきゃだめだよ!」と叱られた。
おじさんは、あとから来るひと来るひとに「カメラはね、こうね、縦!」と、めったやたらとたてたてまくし立て、そのわりにちっとも道の真ん中から動かないので良い写真が撮れません。
おじさんは女の子3人で旅行中らしき学生さんにおもむろに「ここの竹は真竹なのだ」というようなガイドを始め、30分後に同じ道を通ると、女の子3人組はまだ同じ場所でおじさんに「竹細工の美しさ」について語られていた。3人組は、ちょっと途方に暮れていた。

2006030713和菓子屋さんで「桜餅」を買い食い。
関西の一般的な桜餅は「道明寺粉」というもち米を蒸して中にあんこを入れたぽたっとしたものなのだけれども、ここで売られていたのは関東風の、小麦粉を平べったくのばして焼いてこしあんをくるりと巻いたものだった。妻、関東風初体験。おいしい。





2006030702

母が「豆腐コロッケ食べたい」と言うのでお店に行って「ひとつください」と言うと、お店のひとは「今から揚げますので10分ほどお時間よろしいか」と言った。10分。ああもうバスが出る。泣きながらあきらめ。頭を下げて去ろうとするとお店のひとは片手を上げて「7…6分!6分ならばいかがか!」と追いすがり。なんで短縮できるんだ。でもやっぱり間に合わないのでかさねがさねお礼を言ってバスに。地域的ふれあい。

集合時間のあるバスの旅はあまり得意ではないけれど、この旅は基本的に目的地まで連れて行ってくれてあとは野放しなので、移動手段としてはとても楽。眠っていれば、宇治に着く。

2006030711

宇治。
夏は鵜飼いの催しもあるという宇治川で屋形船に乗ってお昼ごはん。なんとかご膳。宇治茶を練り込んだ緑の茶そばがおいしい。お吸い物に浮かんだ手鞠麩がかわいい。

船に乗る前に、添乗員さんが「バスへのお戻りは2時半!2時半です!」と何度も何度も念押しをされていたけれど、一緒に船に乗っていたみなさんは茶そばをすすっている間にそんなことをすっかりと忘れ、食後のお茶をのみながら「集合は何時か」「2時か」「2時10分か」「いや2時20分か」とか、順番に変わっていってなんだか伝言ゲームの呈に。

2006030712

船を降りてふたたび自由。
世界遺産にも指定されているという「宇治上神社」に。
「宇治上神社」の本殿は現存する日本最古の神社建築なのだそうだ。雨や風をしのぐために、「覆屋」と言われる建物にすっぽりと入っている。
奥州平泉の「金色堂」しかり、だいじなものは全部家の中。

2006030707

そしてうわさの「平等院鳳凰堂」
今をときめく10円玉の裏。建物が横に長く、鳳凰が羽を広げているような形状であることと、屋根の上に銅で作られた鳳凰が乗っかっているのでこんな名前になったのだそうだ。
もちろん財布から10円玉を取り出して記念撮影。
まわりの観光客がみんな「10えん」「10えん」と言っているのが愉快だった。

2006030705

満足してバスに。
バスはこれから、聞いたこともない貴金属の工房に行くという。着いたら着いたであやしげな建物のあやしげな一室に入れられておかしな洗脳トーク。ああ。催眠商法。これだ。旅の目的はこれだ。
妙ちきりんな説明を聞きながら母とうつむいて「うさんくさい」「うさんくさい」と口でぱくぱく会話。確かに女のひとは宝石が好きだけれど、何十万円もするものをバスの旅のついでに買うものではない。出口のわかりにくい部屋に閉じ込められて、必死に売りつけられるものでもないのだ。

何年か前に山梨県の水晶の工房で、まんまる水晶を売りつけられそうになった妻は「占いはやりません」の一点張りで切り抜けたので今回は満面の笑みで速やかに脱出。建物の中は完全一方通行。世の中はこわい。でも総じて愉快。

購買意欲の自由についてぼそぼそと母と語りながら旅おわり。


2006年03月08日 | Comments(15) |

直ってない

06022803いつも親切にしてくれる40歳前後の新聞屋さんがやってきて「引き続いての購読をお願いに参りました」と言うのでてっきりもうすぐ契約が切れるのかと思っていたら実は契約は来年の春まであるのだった。なんて気の早い。
契約書にこりこりと署名をしながら妻はちょっと同情した口調で「4月までにノルマを上げろ的なアレですか」と聞くと新聞屋さんは眉をハの字に曲げて「ぶっちゃけそうなんですよ」と言ってそれからも「ぶっちゃけ7年後の契約を取ったりします」とか「ぶっちゃけ広告費が」とかいろいろと教えてくれた。
とにかくなんでもかんでも話の初めに「ぶっちゃけ」をつけるひとだったので妻はほうほうと相槌をうちながら心の中で彼がぶっちゃけた回数を指折り数えていたのだけれど、話が長くなるにつれさすがに新聞屋さんも「俺はちょっとぶっちゃけと言い過ぎていないか」と思ったらしく、突然改まって「いや、まあ、ぶちあけて言いますと、」と、よくわからないけれどもやや丁寧になった。

2006年03月01日 | Comments(8) | 日記
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